<アングル宮城>名取・閖上10度目の夏 古里の再生、力注ぐ

2020年06月29日

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<思慕>仏壇の前で、木彫りのだるまを手に、震災で犠牲になった家族に話し掛ける高橋さん。だるまは仮設住宅にいた時に支援者からもらった。「閖上にたくさんの住民が戻り活気ある街になるように」と心から願う=2019年3月11日、宮城県名取市美田園

 東日本大震災から10度目の夏を迎えた名取市閖上。復興の一里塚となった「まちびらき」から1年が経過した。一方、津波で家族や自宅を失って閖上を離れながらも、新しい場所で奮闘する被災者がいる。
 閖上3丁目で被災し、両親が犠牲になった格井直光さん(61)。現在は仙台市太白区に住み、今年3月まで地域情報紙「閖上復興だより」の編集長として復興の歩みを伝え続けた。「支援者に励まされながら、8年半伝え続けることができました」と語る。
 閖上2丁目に住んでいた森勝也さん(73)は、自宅が津波にのみ込まれ九死に一生を得たものの、家族4人の命を奪われた。その後、親族がいる太白区に移り、2018年秋に自宅敷地内で同郷の同級生5人と共に海藻加工の仕事を始めた。「一緒に仕事をしていると元気になる」と話す。
 閖上6丁目で被災し、家族4人が犠牲になった高橋善夫さん(77)は、名取市の美田園仮設住宅で自治会長を7年務めた。18年4月、美田園に自宅を再建した。「仮設の元住民が私を頼って町内会づくりについて相談に訪れることもある」と笑顔を見せる。
 住む場所は変わったが、閖上への思いは変わらない。復興を陰ながら支え続ける人たちを追った。
(写真部・小林一成)

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