野村克也さん死去 元東北楽天監督 84歳

2020年02月11日

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北京五輪に向けた日本代表監督として東北楽天のキャンプを訪れた星野氏(左)と握手を交わす野村監督(右)。野村監督が「ご苦労さん。うちに(代表選手確保の)用事はないはずだろ」と冗談交じりに対応すると、星野氏は「用事がある選手をつくってください」と切り返した=2007年2月16日、沖縄県の久米島球場

 プロ野球の南海(現ソフトバンク)で強打の名捕手として戦後初の三冠王を獲得し、引退後はヤクルトを3回日本一に導き、東北楽天を球団創設後最高の2位に躍進させるなど名監督として活躍した野村克也(のむら・かつや)さんが死去したことが11日、分かった。84歳だった。
 京都府網野町(現京丹後市)出身。1954年にテスト生で南海へ入団し、65年に三冠王を獲得。73年は監督兼任でリーグ優勝を果たした。南海監督を解任された後もロッテ、西武で45歳まで現役を続け、通算3017試合出場は歴代2位。本塁打王9回、首位打者1回、打点王7回。90年にヤクルト監督となり、9年間にリーグ優勝4回、うち日本一3回。99~2001年に阪神、06~09年は東北楽天監督を務めた。監督通算1565勝は歴代5位。89年に野球殿堂入りした。
 監督退任後は、テレビなどで独特の「ぼやき」を交えて野球を語り、「ノムさん」と親しまれた。

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