<震災8年>教訓後世へ 被災3県に震災遺構38件

2019年03月06日

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[たろう観光ホテル(岩手県宮古市)]鉄骨6階建て、延べ床面積約2400平方メートル。津波は4階まで到達し、1、2階は鉄骨の枠組みだけが残った。2013年11月、国費を投入しての保存が初めて認められた震災遺構。16年4月から内部が一般公開された。建物は1986年5月に完成

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で被災した岩手、宮城、福島3県の計42市町村のうち24市町村に、後世に惨禍を伝える「震災遺構」が計38件残されていることが、河北新報社の調べで分かった。岩手、宮城は建築物が多く、福島は学校の用具などをモニュメント的に保存するケースが目立つ。
 内訳は表の通り。大半は公共施設・建築物で計26件あり、このうち学校が最も多い10件だった。市町村別で最も多いのは陸前高田市の計5件。民間主導で保存している遺構は、旧JR陸中山田駅の大時計(岩手県山田町)米沢商会のビル(陸前高田市)高野会館(宮城県南三陸町)の計3件あった。
 各県の特徴を見ると、岩手は普代水門や太田名部防潮堤(ともに普代村)、明戸海岸防潮堤(田野畑村)といった津波減災に関わる公共施設が計3件あった。たろう観光ホテル(宮古市)は民間施設だが、市が無償譲渡を受け、保存している。鵜住居地区防災センター(釜石市)の壁は同地区に23日開館する津波伝承施設に展示される。
 宮城は旧気仙沼向洋高(気仙沼市)や旧門脇小、旧大川小(ともに石巻市)など学校が4市町で計5件と多い。旧気仙沼向洋高は10日に「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」としてオープンする。旧中浜小(山元町)は新年度に改修し、2020年度の公開を予定している。南三陸町防災対策庁舎は、31年まで県が維持管理し、町は震災遺構として保存するか解体するかの結論を出す。
 福島は原発事故の影響で立ち入りできない区域も多いため、双葉、大熊両町の建築物5件はまだ保存を検討している段階だ。自治体が保存の方針を固めている遺構は、殉職警察官のパトカー(富岡町)や田人(たびと)地区断層(いわき市)、旧楢葉北小の黒板や椅子(楢葉町)など建築物以外が計5件。建築物の保存は請戸小(浪江町)だけとなっている。
 河北新報社は津波と原発避難の被害を受け、そのまま保存されている建築物やモニュメントを震災遺構として調べた。自治体が公費で管理し、遺構として認定している建築物などの他、民間主導で保存し、地元で広く知られている建築物やモニュメントも加えた。

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