<震災7年>福島と上り坂駆ける 箱根駅伝元「山の神」柏原竜二さん

2018年03月11日

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東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)5区の山上りで4年連続区間賞を獲得し、「山の神」として一躍有名になった柏原竜二さん。「新年度はもっと東北に足を運びたい」と語った

 「被災者に勇気を届けたい」。東日本大震災が発生してから、多くのアスリートがこの言葉を口にしてきた。正月の東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)5区の山上りで4年連続区間賞を獲得し、「山の神」として一躍有名になった柏原竜二さん(28)=富士通、いわき市出身=もその一人。現役を退いた今も言葉の意味を問い続ける。

 4年生で迎えた2012年の箱根駅伝。この年も驚異的な走りで険しい上り坂を駆け抜けた。芦ノ湖のゴールを先頭で切った後、テレビのインタビューでこう言った。
 「僕が苦しいのは1時間ちょっと。福島の人たちに比べたら、全然苦しくない。走りで元気を与えられれば本当にうれしい」
 口にしてすぐに後悔した。「『比べたら』と言っている時点で自分が優位に立っていないか。もっと優しい言い方があったはず。配慮が足りなかった」
 言い回しには今も納得していない。度重なるけがに悩まされ、昨年3月にシューズを脱いだ今も胸に引っ掛かっている。
 故郷のため、できることはしてきたつもりだ。東京電力福島第1原発事故の風評被害が払拭(ふっしょく)されない福島産農産物のPRイベントにも参加した。県産トマトをかじりながら東京の街頭に立った。
 復興は遅々として進んでいない。復興支援という言葉は口にしなかった。「住民にどれだけお金が下りているのか疑問だった。安易に言わない方がいい」。聞こえの良い言葉を並べては偽善に映ると思った。
 引退後は富士通アメリカンフットボール部のマネージャーを務めるなど、アスリートを支える立場でスポーツに関わる。マラソン大会のゲストランナーなどで福島を訪れる機会が増え、今は月1度のペースで古里を駆ける。
 震災後、県産品をよく買うようになった。「これ、おいしいよ」。知人にもさりげなく渡す。
 そこには「神」ではなく、福島県人としての思いがこもっている。
(東京支社・剣持雄治)

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