<星野仙一氏死去>楽天選手ら哀悼と決意 V奪回、闘将に誓う

2018年01月07日

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あすから始まるキャンプに向けて行われた壮行会で、あいさるする星野監督(中央)=2014年1月31日午前9時10分ごろ、JR仙台駅

 東北楽天の元監督、星野仙一氏が死去したことが分かった6日、突然の訃報に接した選手らチーム関係者は悲しみに包まれた。
 「東北楽天ゴールデンイーグルスの精神的支柱だった」。梨田昌孝監督は球団副会長としてチームの強化に尽力した星野氏の存在の大きさをかみしめる。「常に矢面に立ち、われわれを支えてくれた。『星野仙一』のまねはできないが、あの厳しさと威圧感を継承しながら、現場とフロントが一体となり戦っていく」と固く決意した。
 星野氏が監督に就任した3年目の2013年、チームは初のリーグ優勝と日本一に輝き、東北に歓喜をもたらした。
 当時、新人ながら開幕投手に抜てきされた則本昂大は「星野さんがいなければ今の僕はない。感謝しかありません」と語った。藤田一也内野手は「日本一になった時、『ここまで来られたのは一也のおかげ』と言ってもらったのがすごくうれしかった。今も現役でプレーできているのは星野さんとの出会いがあったから」と感謝する。
 星野氏が監督だった時に捕手から外野手に転向し、才能が開花した岡島豪郎は「外野手としての自分があるのは、我慢しながら使い続けてくれたおかげ」と振り返る。今季から選手会長となり、「2013年以来の日本一を報告できるよう、チーム一丸で戦っていく」と言葉に力を込めた。
 16年オフに西武からフリーエージェント(FA)で東北楽天に移籍した岸孝之投手は「FAの時、迷ったら前に進めと言われたことが今でも忘れられない。今年は日本一という形で恩返ししたい」と語った。
 「星野さんのおかげで今の自分がある。自分も星野仙一のような男になりたい。昨年見せられなかった日本一を今年こそ奪回する」。星野氏に見いだされ、チームの中心選手に成長した銀次内野手はこう誓った。
 東日本大震災時に選手会長だった嶋基宏捕手は「今でも大きな声で『嶋』と呼ばれるような気がする。教えていただいた闘う姿勢を忘れず、今年こそ東北を熱くする。いつか監督のような厳しさの中に愛情がある人間になりたい」と闘将の早過ぎた死を悼んだ。

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