星野仙一氏死去 70歳、東北楽天を日本一に 「闘将」被災地に夢

2018年01月06日

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野球殿堂入りが決まり、明大・島岡監督のレリーフ(右上)の前で笑顔を見せる星野仙一氏=2017年1月、東京都文京区の野球殿堂博物館

 プロ野球東北楽天の元監督で、2013年にチームを初の日本一に導いた星野仙一(ほしの・せんいち)氏が4日、病気のため死去した。70歳だった。中日のエースとして活躍。引退後は中日、阪神、東北楽天の3球団で監督を務め、17年に野球殿堂入りした。
 岡山県生まれ。倉敷商高、明大を経て1969年、ドラフト1位で中日に入団。闘志むき出しの投球で「燃える男」と呼ばれた。74年には中日の20年ぶりのリーグ優勝に貢献。巨人の10連覇を阻み、沢村賞と最多セーブに輝いた。通算146勝121敗34セーブ。82年に現役を引退した。
 監督としては「闘将」と呼ばれ、中日、阪神でリーグ優勝を果たした後、10年10月に東北楽天の監督に就任した。1年目の開幕前に東日本大震災が発生。「強さを被災者に届けよう」とナインを鼓舞し、13年に田中将大投手(現ヤンキース)らを擁し、球団創設9年目で初優勝を果たした。巨人との日本シリーズも制し選手、監督を通じ初の日本一に輝いた。14年に監督を退任。15年9月から球団副会長を務めていた。
 3球団で監督を計17年務め、リーグ優勝4回。通算成績は1181勝1043敗53分け。戦後生まれで初の1000勝監督となった。

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