<私の復興・水産関係者衆院選に思う>漁業の未来を救って

2017年10月12日

2枚目/2枚中

 10日公示された衆院選(22日投開票)は震災と原発事故後、5回目の国政選挙となる。復興のステージで被災者はどう政治と向き合ってきたのか。特に被害の大きかった水産関係者の思いを追った。

◎(中)漁師 三嶋淳さん(岩手県釜石市唐丹町)

 難題が次々降りかかる。何もかもがもどかしい。
 釜石市唐丹町の漁師三嶋淳さん(49)は、カジキやサメを狙う大目流し網漁が専門。東日本大震災の津波で、父から受け継いだ漁船「嶋福丸(しまふくまる)」(19トン)は大破した。
 「おめぇはまだ若い。頑張っぺし」。船頭仲間に励まされ、船を手に入れようと全国を駆けずり回った。
 たどり着いた高知県須崎市の造船所に13トンの船を発注した。震災特例で国の補助を受けたが建造費は約1億円。約1600万円は自己負担で、漁具も自前でそろえなければならない。
 造船所に通い詰めて機器の配置など細かく注文を出した。「また漁ができる。最高にわくわくした気持ちは忘れられない」
 2012年6月に完成した新たな嶋福丸と共に帰ってきた三嶋さんを待ち受けていたのは、厳しい現実だった。
 乗組員が見つからない。自分と長男(24)の他に最低2人は必要だが、人手は復興事業に奪われていた。
 インターネットに求人情報を出し、これまでに10人以上を採用したが、ほとんど長続きしなかった。1人雇っては一から漁を教える。この繰り返しだ。
 船酔いする新米を乗せた船にむちゃは禁物。網を短くし、潮の流れが速いときは漁を諦める。水揚げは震災前の約6割にまで落ち込んだ。
 人手が足りずに休漁せざるを得ない間も、月給だけは支払わなければならない。「ゆるくない」
 「船を取り戻して5年以上たつが、思い切り漁ができたことなんてない。お遊びさ。復興どころか、被災直後より悪い」と嘆く。
 12年12月の衆院選で自民党に政権が戻っても状況は変わらない。政治家は浜の苦境を分かっているのだろうか。
 大目流し網漁は、岩手県の規制で操業海域が沖合90キロ以上に設定されている。低速の省エネ操船を心掛け、古い網を我慢して使う。経費抑制の努力を続ける。
 魚種が少なくなる秋。沿岸に回帰するサケは零細漁民にとって垂ぜんの的だが、ここにも規制が立ちはだかる。資源保護のため県は、小型漁船による固定式刺し網漁を禁じている。
 許可申請を3度蹴られた漁民たちは15年11月、生き残りを懸けて県を提訴した。原告100人の「浜の一揆」に三嶋さんも加わった。
 「このままでは漁船漁業が廃れる。県も国も理解してほしい」と三嶋さん。後を継ぐ長男の将来を考えると心配でたまらない。政治が目を向けてくれないことも背中を押した。
 「おらたち小さな漁師は死ねばいいのか。みんなが潤うやり方があるはずだ」
 9月末、嶋福丸からまた乗組員2人が去った。「いい漁場と船があるのに魚が取れない。泣きたくなる」
 船が係留されたままの岸壁で、三嶋さんが所在なくたばこに火を付けた。
(釜石支局・東野滋)

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