<震災6年半>変わる暮らし JR常磐線を訪ねて

2017年09月11日

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<今もなお>帰還困難区域を南北に走る国道6号。車の窓から、廃炉作業が続く福島第1原発の排気筒や大型クレーンがはっきり見える=8月31日、福島県大熊町

 東日本大震災から6年と半年。JR常磐線はいまだ分断されたままだ。津波に加え、東京電力福島第1原発事故に直撃されたためだ。
 それでも少しずつ線路は延び、福島県と宮城県の被災地をつなぎ始めた。沿線に住む人たちの暮らしも変わりつつある。
 仙台の学校や病院へ、以前より格段に行き来しやすくなった。線路が内陸に移動して高架式になった宮城県南では、新しい街づくりも進む。
 残るのは地元の産業。津波と原発事故のダメージは並大抵でなかった。もともと盛んだった農漁業はまだまだ復興途上だが、交通網の復旧をきっかけにかつての活気を取り戻そうと頑張る人も目立つ。
 南東北の被災地を貫く常磐線は来月、福島県の富岡-竜田(楢葉町)間で運転を再開する。全線開通はまだ先のことだが、急ピッチで変わりつつある沿線を訪ねてみた。
(写真部震災取材班)

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