<震災6年半>変わる暮らし JR常磐線を訪ねて

2017年09月11日

3枚目/8枚中

<自慢の花>浪江町の農家川村博さん(62)が育てた大輪のトルコギキョウ。全町避難中の2014年から花作りに挑み、現在では市場で高い評価を受けるまでに。「目指すは日本一。自慢の花で町の活気を取り戻したい」

 東日本大震災から6年と半年。JR常磐線はいまだ分断されたままだ。津波に加え、東京電力福島第1原発事故に直撃されたためだ。
 それでも少しずつ線路は延び、福島県と宮城県の被災地をつなぎ始めた。沿線に住む人たちの暮らしも変わりつつある。
 仙台の学校や病院へ、以前より格段に行き来しやすくなった。線路が内陸に移動して高架式になった宮城県南では、新しい街づくりも進む。
 残るのは地元の産業。津波と原発事故のダメージは並大抵でなかった。もともと盛んだった農漁業はまだまだ復興途上だが、交通網の復旧をきっかけにかつての活気を取り戻そうと頑張る人も目立つ。
 南東北の被災地を貫く常磐線は来月、福島県の富岡-竜田(楢葉町)間で運転を再開する。全線開通はまだ先のことだが、急ピッチで変わりつつある沿線を訪ねてみた。
(写真部震災取材班)

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