<検証福島の海>船離れ加速の懸念も

2016年02月26日

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操業準備に当たる相馬市の高橋さん(右)。次世代育成に不安を募らせる

 震災と原発事故によって、福島の水産業は壊滅的な被害を受けた。漁業者はもちろん、水産加工などの関連産業も風評と長引く停滞にあえぐ。海の正常化に向け、関係者の苦闘が続いている。(斎藤秀之、古田耕一)

◎震災5年へ(上)本格操業 遠い道のり

 たとえ不漁でも実入りが大きく左右されるわけではない。それでも新年最初の出漁は気合が入る。「1年を占う気持ちになっちまうんだ」。長年染みついた癖はなかなか抜けない。

<生きがい喪失>
 1月12日未明、福島県相馬市の高橋範雄さん(56)は出漁準備に追われていた。タコが狙いだ。カゴ状のわなに、えさとなる冷凍の小魚を次々と仕掛けていく。
 船上では26歳になる次男が忙しく働いている。東日本大震災後に東京から戻り、一緒に船に乗ってくれている。いずれは後継に据えるつもりだが、「今のようなペースじゃ操業技術が身に付かない」。出漁頻度を自由に決められない現状がもどかしい。
 東京電力福島第1原発事故から放出された放射性物質は生活圏を侵し、あふれ出た水は海を汚した。福島は全面的な漁の休止に追い込まれ、今も本格再開はできていない。2012年6月から試験操業だけが続けられている。
 小型船の出漁は週に2、3回。水揚げも制限されている。県内の15年実績は約1500トンと、以前の1割にも満たない。主力のヒラメを含め、出荷対象から外れたままの魚種は多い。
 原発事故後、福島の漁師は東電からの賠償を受けている。金額は最低で以前の水揚げの8割程度。暮らしは維持できても、将来の不安が消えるわけではない。
 いわき市の漁協関係者は「きょうは駄目でも明日取り戻そうというのが漁師。今は生きがいを奪われた状態だ」と話す。

<時間との勝負>
 福島県いわき市久之浜の漁師が1月8日、出初め式を行った。大漁旗をなびかせて30隻が沖に出る。お神酒や海水で船を清め、船上から三つの神社に一礼する。原発事故前は恒例行事だった。
 「今のような状態が続けば気力も落ちる。みんなで頑張ろうとの気持ちで5年ぶりに復活させたんだ」と地元の江川章さん(69)が言う。船に乗って50年以上になる。
 出漁の前日は寝付けないほど気が高ぶるが、普段は漁をおっくうと感じるときもある。「魚のことばかり考えて毎日潮をかぶっていた男が、ずっと家にいるんだからな」と苦笑する。
 漁師からは「賠償に甘えて操業意欲を失った仲間もいる」との嘆きが聞かれる。足踏み状態が続けば、船離れが加速するのは避けられない。海の再生は時間との勝負でもある。
 当面の仕事を探そうにも、試験操業の片手間では、職種はアルバイトの作業員程度に限られる。かといって本操業の道筋がついているわけでもない。「先が見えないのが一番つらい」。相馬市の若手漁師が揺れる思いを口にした。

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